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ONYX メザシテ ガンバリマショウ!の番外編

この記事は、2021年4月25日に初投稿したものです。

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いらっしゃいませ!

ある目的のためにブラックオニキスをクリアする事にした。その間他のゲームをやる余裕が無くなって、紹介記事も書けなくなるので、その間せっかくだから簡単なプレイ日記として描いていく事にする。とりあえず「ブラックオニキス」って何?って人はこちら↓をどうぞ。

あと前回の記事はこちら↓をどうぞ。

本記事を読み進める前に…

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  • 記事に書かれている内容についてはあくまで投稿時の状況や筆者の認識であり、現在の状況や筆者の認識と必ずしも同じではない場合があります。ご了承ください。

このプレイ日記はブラックオニキスへの道のりを淡々と綴ったものです。
過度な期待はしないでください。
あと部屋は明るくして、モニタから離れてみやがってください。

あることのためにブラックオニキスをクリアする記録 番外編

ウツロの町に行って来た!

はい、このたび長かったブラックオニキスプレイ日記も完走できたということで、その記念に
「ウツロの町」に行ってきました!

ご覧のように「内路」と書いて「ウツロ」と読みます(下にローマ字で「Utsuro」と書いてますね)。はい、つまりここがウツロの町というわけですねw

と言いましたが、正確にはここはウツロの町ではありません。ここの住所は”神奈川県横浜市神奈川区西寺尾”で住所の中に「内路」はありません。だからウツロの「町」ではないわけです。

「内路」は町の名前ではなく、交差点とその近くにあるバス停(上の写真)の名前だそうです。で、こちらがその「内路交差点」。ちょっと見難いかもですが信号のところの看板に「内路」と見えると思います。

で、別にこれは「ザ・ブラックオニキス」に出てくる「ウツロの町」とたまたま同じ名前の場所に行ってきた!という話ではなくてですね。正しくはこの場所が元ネタになって「ザ・ブラックオニキス」に「ウツロの町」が出てきたという話で、言ってみれば今回のは聖地巡礼ですw

まあわりとその筋(どの筋)では有名な話なのですが、「ザ・ブラックオニキス」が発売された1984年頃、この作品を作った会社「BPS」はこの「内路交差点」の近くのとあるビル内にあったそうなんです。ビル名は伏せますが、そのビルは今でもありました。
(とはいえ40年ちかく昔の話ですから改築等はされてるかもしれませんが…)

それでブラックオニキスに拠点となる町を作るにあたって、自分たちの会社のある場所(言ってみれば自分たちの拠点である場所)の名前をつけて「ウツロの町」にしたのだそうです。

内路交差点やバス停の周りは閑静な住宅街という感じ(遠くのほうにはマンション群も見えましたが)で、近くに黒い塔も無ければ、いきなり何人かのパーティに絡まれて「ONYX メザシテ ガンバリマショウ!」と言われるということもありませんでした(当たり前だ)。

でも交差点の近くに「クリニック」の看板があったので、そこにいけば私のステータスを調べてもらう事が出来たかもしれませんねw

ということで、まあ行ったからと言って特に何があるわけでもありませんが、もし行ってみたいという人は、JRの横浜駅から横浜線に乗って「大口駅」か「菊名駅」が最寄の駅になります。ただ内路交差点はこの2駅のちょうど中間点くらいにあり、駅間も長いのでどちらかの駅から歩いていくと20分は歩くことになるかもしれません。

なので歩きたくない人は、菊名駅で降りて臨港バスの「鶴見駅西口行き」に乗るのが便利です。

ただしもし行くのなら当たり前ですが周りは住宅街ですので騒いだり、件のビルの中に勝手に入るような馬鹿な真似はやめてくださいね。聖地巡礼はマナーを守って、これはファンの鉄則です。もし現地で何かしらトラブルとなっても、当方は一切の責任を負いません。

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お疲れ様でした!

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コメント

  1. 名無しの冒険者 より:

    菊名となりの大倉山に住んでた当時、自分も一回、「ウツロの街」に行って昼飯を食べ、当時のKOEIのサイケなビルを見に行って……とかしましたっけ。懐かしい。

  2. ソンゴスキー より:

    >>1
    それこそ聖地巡礼では無いですが、昔のパソゲー少年はソフトメーカーを見に行くって行動が割とあった気がする。会社でソフトとかグッズ直販してるところもあったような気がするしw

  3. 名無しの冒険者 より:

    >「ゲーム」の聖地巡礼
    今でこそコンテンツの舞台(モデル)になった地域に足を運び、作品世界に漬かるのも一般的(?)になりました。レトロゲーム(1980年代)時代は、関連する場所や地域に(制作サイドの地域に)行くのも、より深く作品世界を知る手段の一つでしょう。
    それこそ自分も日◎ファ◎コムのことが好きすぎて立川にいってみるとかしました。
    ゲームで遊ぶことしかできなかった(ゲーム作成には至らないので)時分だったからこそ、より身近に感じていたかったのかもしれません。
    なので、あるイベントでハイ◎ライドシリーズの製作者の◎藤さんをお見かけしたときは、30年ぐらい時が戻った気がしました。

  4. ソンゴスキー より:

    >>3
    私はパソコン全盛期にまだ地方の実家暮らしだったので、そういうパソコンメーカー参拝(w)というのは出来なかったのですが、上京してきたときに中央線の窓からハドソンの看板を見たときに妙にテンションがあがりましたねw

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