元帥の塔3F/No.0019
発売年:1992年
開発元:ウルフチーム
ジャンル:戦略SLG
発売機種:PC-98など
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「三国志」のゲームと言えば?
三国志のシミュレーションゲームと言えば、ほとんどの人がコーエーの「三國志」をまず真っ先に思い出すのではないでしょうか?
ある程度の年齢の人にとって「三国志のゲーム=光栄」という認識は、ごくごく一般的な常識だったと私は思いますし、日本における三国志市場の繁栄にに最も貢献した会社が、「光栄」であったと言ってもそれは過言ではないでしょう。
しかし長いゲームの歴史の中では、その光栄の独壇場に果敢に挑戦したメーカーも何社かありました。
今回はその挑戦者の一つである「日本テレネット(ウルフチーム)」が作り出した「天舞」というゲームについてです。
「天舞」とは

いきなりだが、この「天舞」というゲームは極めて異色なゲームだったと言えるでしょう。
なぜならば「天舞」は、当時ほぼ唯一と言っていい三国志の「正史」(一応正式な歴史書)をベースにして作られたゲームだからです。従って本作には、正史に名前がある武将しか登場しません。(要は「周倉」とかは出てこない)
一方で光栄は昔から「三国志演義」(歴史を元にした創作)がメインであり、演義の主役である「劉備三兄弟」と天才軍師「諸葛亮」がメインでした。
もちろん当時は今ほど「正史」という存在が広く認識されていなかったので、光栄以外の他のメーカーも三国志のゲームは基本的に演義をベースに、あるいは劉備主従をメインにしたものが殆どという状況でした。
そんな時代に「正史」と言う題材を扱う事で、「演義」の光栄に真っ向からぶつかったのだから「異色」というか、ここにウルフチームのチャレンジャー精神を感じますね。
ゲームシステムも異色

「天舞」は、光栄の三國志のような月毎の「ターン制」ではなく、敵も味方も同時に行動するリアルタイムシミュレーションでした(解りやすい例だと「伝説のオウガバトル」がそれ)。
ただしリアルタイム制と言っても時間を止める事も可能で、時間を止めている間に内政や軍の編成、異動人事、軍団の出陣・退却命令などが行える。
ちなみに内政については、光栄三国志のように「開墾」とか「商業」とかを選択して実行するのではなく、その都市、あるいは国で内政に携わる官職に武将を任命するとのみです。
そうする事で、あとは全て武将の能力により内政が自動で行われるので、プレイヤーとしてやることは適材適所な人材の配置くらいですね。
戦場での戦いはほんの一瞬

また戦闘面においても「天舞」は異色でした。
光栄三国志のようにHEX画面での戦術フェーズなどが存在しなかったのです。では戦争はどうなるのかと言うと、派遣された軍団と軍団が衝突する事で戦闘が起こるのですが、その勝敗はほとんど一瞬だ決まってしまいます(主に兵士数と武将の能力のみで決定)。
なので少数の兵力で戦術を駆使して大軍に勝つ!なんてことは…まず起こらないですし(本来それが正しい認識なんだけどね)、もちろん戦場の華と言える「一騎打ち」なんかもありませんでした。
「天舞」が目指したところ
本作の仕様を考えるとこの「天舞」という作品は、光栄三国志の「面倒に思える部分」をバッサリ斬り捨てて、純粋に君主として国を動かすことのみに注力してほしいという思いが現れているような気がしました。
しかしあまり簡略化し、数値至上主義がすぎると、三国志の醍醐味(と私は感じている)「武将を活かす楽しみ」というのが無くなる気がしてしまうんですよね。
自国に呂布なり関羽なりのA級武将がいれば、彼らに全兵力をつぎ込んで次から次に城に向かわせる事で全然全勝ゲーム終了。B級、C級の武将はすっこんでろ!って話になるじゃないですか。それではつまらないでしょう?
それが理由と言う訳ではないだろうが、この「天舞」というゲームはそれほどヒットしなかったように思います(あまりにバグが多すぎたり、未完成部分があったりしたという事情もあるらしいが)。
しかし、どういうわけか追加シナリオなどは結構な本数発売されており、メガドライブ(メガCD)とスーパファミコンにも移植されていた(こちらは処理速度が遅すぎて酷かったらしいが)。
ちなみに私は当時このゲームを買ったものの、こういった理由もありあまりやり込まなかった覚えがあります(ただしマニュアルに付いてた「官職」の一覧は役に立った)。

さて最後に、我らが孫呉四都督の能力値を並べてみました。能力の判定も正史基準で、確か最大値は15なのだが…。
魯粛、外交16?!
やだ、魯粛カッコいい…。
やはり関羽相手に戦争ではなく、あくまで外交で国を取り返した功績が光ってるのでしょうね、ウンウン。
≫EXIT
お疲れ様でした!

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コメント
能力値の最大は16だったと記憶してます。
例えば、諸葛亮は政治が16だけど采配は凡庸な値だったり、
正史に準拠した(?)渋い設定でしたね。
采配が16の人っていたのだろうか・・・
コメントありがとうございます。
>能力値の最大は16だったと記憶
そうですね、魯粛の外交が16でした。
>諸葛亮は政治が16だけど
劉備死後のボロボロの蜀を、たった数年で北伐できるレベルに復活させた政治力は正に16に相応しい。
>采配が16の人っていたのだろうか
どうなんでしょう?あの曹操でさえ15でしたからね。よっぽど軍事でとんでもない功績を立てた人じゃないと…って調べてたら家庭用の天舞だと曹操の采配16になってるようです。
パソコン版の設定ミスか?w
高校時代、ファミコン版ウィザードリィのモンスターデザインを手掛けている末弥純氏が武将の顔グラフィックを手掛けているというだけで購入しましたが、ある程度進むとエラーで止まってしまい、辟易して断念しました。数年前ネットオークションで購入し再戦しましたが、ある程度勢力を拡大させたところでやっぱりエラーで止まってしまいました。人材の配置や軍の編成は面白いし、マップ上の「チンチン」で終わってしまう戦闘もこれはこれでありだと思いました。数値重視のシンプルさが、光栄「三國志」シリーズとはまた違った味わいで良かったです。バグやエラーさえなければ秀作だったと思います。
武将の能力では、蜀の王平の人徳が0で、何故?と思った記憶があります。偏狭で疑い深く、軽はずみなところがあるという欠点もあったと正史では述べているそうですが、いくら何でも0はないのでは?と。あと公孫瓚が董卓に劣らぬ悪党ヅラですが、「演義」と違って正史ではあまり良い人物ではないようです。その辺りを反映しているのかも。
コメントありがとうございます。
>ある程度進むとエラーで止まってしまい
バグで進行できなくなるのは辛いですね。今みたいにパッチを当ててとか簡単にできない時代でしたし。
>戦闘もこれはこれでありだと
言い方が悪いかもしれませんが、当時歴史物のSLGを頑張ってしっかり作っても結局光栄の作品には負けるんですよね。であれば逆にシンプルにしてしまうと言うのはアリな作戦で、この天舞とかナムコの「三国志 中原の覇者」や「独眼竜政宗」みたいなのがそう言う感じですかね。
>蜀の王平の人徳が0で、何故?
うーん、街亭の戦いで馬謖を何度も諌めたのに聞き入れられなかった事が人望が無いと判断されたのかな?でもだからって0は酷いw
設定ミスという線も?
>公孫瓚が董卓に劣らぬ悪党ヅラ
演義だと劉備の兄貴分みたいな感じですが、正史だと割と酷い事いっぱいしてる人ですしねw
途中でのエラーはなんとも残念ですね。私もこの作品は30年以上前にプレイしましたが、幸いエンディングまで辿り着くことができました。
都市の人口がとんでもない数にまで増えてしまうなど設定の甘さもありましたが、ウィンドシステムなど斬新な試みも多く見られましたね。